取扱説明書の制作者に求められる能力

2017年5月26日

 今回は、使用説明の国際規格であるIEC 82079-1:2012の要求事項について概要を紹介します。詳細内容については、一般財団法人 日本規格協会から国際規格の邦訳版(原文と併記)が発行されているので、規格を購入して研究することをお勧めします。これまでのコラムで触れたのとおり、製品安全の達成には欠かせない規格です。

IEC 82079-1:2012の要求概要

 

 この規格は、主に次のような要求を規定しており、詳細な規定を含めると100以上の要求が記載されています。表示すべき項目が具体的に示されている条項があれば、「見やすさ」や「読みやすさ」など多少の解釈の余地があるものもあります。

製品の識別製品と整合する使用説明を提供し、使用者が迷うことなく識別できること。
ターゲットグループ使用する用語や記載内容・記載表現などを、ターゲットグループ(製品の使用者)の知識やニーズに適応させること。
他の情報との整合性取扱説明書・製品の包装箱・Webサイトを含む宣伝資料など、すべての使用説明の内容が相互に整合していること。
可用性と可読性使用説明は製品寿命までの間、常に利用でき、判読できる状態を維持すること。
残留リスクの明示リスクアセスメントに基づく製品の残留リスクと予見可能な誤使用のリスクを提示すること。
言語表示言語については、地域の法的要求事項に従って、販売国の公用語で提供すること。
ライフサイクルを網羅製品の取り扱い情報については、製品の開梱から、輸送、設置、操作、保管、点検・保守、廃棄までの全ライフサイクルを網羅すること。
「見やすさ」と「読みやすさ」使用説明の「見やすさ」や「読みやすさ」を確保するための各種規定(色、文字サイズ、文体、文の長さ、イラスト、図記号などの規定)を守ること。

 

使用説明の制作者に求められる能力

 

 この規格では、使用説明の制作者に求められる能力についても踏み込んで言及しています。取扱説明書や警告ラベルなどの使用説明の制作に関わる人の能力として、この規格は「テクニカルコミュニケーションの高度な能力を有すること。使用説明作成の一連の工程を知っていて、IEC 82079-1:2012の要求事項を制作工程に適用する能力を有すること」を求めています。

 テクニカルコミュニケーション(Technical communication)とは、技術的および/または実務的な情報を特定のターゲットに伝えるプロセスを指しています。ターゲットが意図した行動や決断を起こすことを目的とした情報設計および提供技術として、取扱説明書やその他のマニュアル、テクニカルレポート、ビジネス文書などの作成に用いられる技術です。

その成果物は、以下のような媒体で複合的に提供されます。

  • 紙(製本、ラベル)
  • 記憶メディア(磁気ディスクや光学ディスク、フラッシュメモリなど)
  • オンラインヘルプやeラーニングなどのインターネット配信
  • 製品への組み込み(視覚信号、聴覚信号、音声、テキスト、イラスト、映像など)

 情報コンテンツは、文章、イラスト、写真、CG、映像などの手法を用いて、情報を利用する国の言語で提供します。
製品の出荷先国においては、その国の製造物責任法、消費者保護法、労働安全法、独占禁止法、不当表示防止法、著作権法などの法律や条例、あるいは規格などで情報記載に関する規定が定められていることがあるので注意が必要です。

 欧州の場合は、EMC指令2014/30/EUや定電圧(LV)指令2014/35/EUなど、複数の指令の中で、使用説明に関する規定があり、それが各国の法規に採用されています。
中国では製品品質法や消費者権益保護法などで使用説明の記載内容についての細かい規定があり、その規定に違反すると製品の生産や販売が停止されます。また、中国の場合は、強制力を持つ中国国家標準(GB規格)や業界標準に合格しない製品(取扱説明書や警告ラベルなどの表示も含む)は欠陥品として、販売停止、製品の没収し、かつ販売した製品の価値と同額以上3倍以下の過料の対象となります。実際に中国の製品検査で不合格となり、企業名が公開された日本企業も多くあります。

 単純に日本語から翻訳しただけでは違法となる可能性があります。その国の法的要求に準じたコンテンツを提供しなければなりません。各国の言語に翻訳する際には法規や規格に詳しい専門家に相談すると良いでしょう。少なくとも、海外向けの取扱説明書はIEC 82079-1:2012の要求に適合させておくことが肝要です。

 次回は、テクニカルコミュニケーション核となる文書作成技術、テクニカルライティング(TW)をご紹介します。IEC 82079-1:2012が求めているように、使用説明の制作に携わる人には欠かせない技術であり、テクニカルライティングなしに製品安全の実現はないと言っても過言ではありません。市場の期待は、流通するすべての製品が国際ルールに則って安全を確保されていることで、参加者皆がルールを守ってこそフェアな競争を繰り広げることができるのです。

 

<a href="http://npo-safety.org/expert/yamaguchijunji/">山口 純治</a>
山口 純治

ブランディング、商品プロモーション、製品マニュアル、販売店や社員トレーニング、社内コミュニケーション改善 など、さまざまな情報伝達シーンにおいて「コミュニケーション設計」の支援をしている。
主な活動として、コンサルティング、セミナー、トレーニング・研修、会議やプロジェクトのファシリテーションなどの自立支援活動や、Webサイト・カタログ・パンフレット・動画・マニュアルなどの企画・制作などがある。

 

コラム一覧


第1回  2017年1月31日製品安全と取扱説明書の役割
第2回  2017年2月1日国際規格と各国の規格の整合性
第3回  2017年3月27日製品安全を担う取扱説明書の国際規格
第4回  2017年5月26日取扱説明書の制作者に求められる能力
第5回  2017年8月9日取扱説明書とテクニカルライティング
第6回  2018年11月6日製造物責任法(PL法)と取扱説明書の警告表示