製品安全を担う取扱説明書の国際規格
製品は社会を豊かにし、人々を幸せにします。言うまでもなく、製品使用者の安全が担保されていることが大前提です。利便性は安全を確保した上で追求すべきものです。製品安全は、リスクアセスメントとリスクの低減方策を繰り返して適用することで達成すると国際ルールで規定されています。欧州では、2016年4月にEMC指令2014/30/EUと定電圧(LV)指令2014/35/EUが強制施行され、リスクの適切な分析とアセスメントを技術文書に含めなければならないとし、実質、リスクアセスメントが強制化されました。
リスクアセスメントとは、リスク分析とリスクの評価プロセス全体を指しています。リスクアセスメントによって、許容できないリスクが検出されたときには、3ステップメソッドによりリスクの低減を行うことが求められています。
3ステップメソッドは、「①本質的安全設計方策」、「②ガードと保護装置による防護策」、「③使用説明の提供によるリスク回避」の三つで、今回は三番目の方策に焦点を当てて解説します。「使用説明の提供によるリスク回避」の具体的な対応方法は、国際規格で規定されていますので、製品製造業者はこの規定に準じて対策を講じなければなりません。それでは、その中身を見てみましょう。
国際安全規格の頂点に使用説明について規定
使用説明(使用上の情報:Information for use)については、国際安全規格の頂点(A規格)に位置するISO 12100:2010(機械類の安全性-設計の一般原則-リスクアセスメント及びリスク低減)の中で規定されています。ISO 12100:2010では、「6.4 使用上の情報」で、使用説明で提供すべき情報を記載しています。詳細な要求があるので、ぜひ規格を購入して研究してみてください。ISO 12100:2010は、機械類の安全な設計を実現するための最も重要な国際規格の一つであり、この中に使用説明に関する規定が含まれていることに、使用説明の重要度の高さがうかがえます。
使用説明に特化した国際規格
ISO 12100:2010は、すべての製品設計者が参照すべき、安全設計全般に関する規格ですが、使用説明に特化した国際規格が二つあります。使用説明に特化した規格の存在は、製品使用者の安全を守るために、使用説明が重要な役割を担っていることを示唆していますが、残念ながらこれらの規格は日本ではあまり知られていません。
一つは、2012年12月に発行されたISO/IEC Guide37:2012(消費者による製品の使用のための説明)です。この規格は、規格制定者が使用説明に関する条項を規格に導入する際のガイドライン(指針)です。同時に、製品設計者や製造業者など使用説明の設計や作成作業に関与する人に向け、消費生活用製品の使用説明の設計や作成に関する原則などを規定しています。
情報の記載箇所や記載方法、作成や構成(可読性、色、コミュニケーションの原則、表現方法および専門用語の使用、言語、イラスト、図記号、表、フローチャート、目次/索引、点検、修理または交換、故障時の対応、警告表示、使用説明の耐久性)などについて詳細に規定しています。
また、「使用説明が設計の不備を補うことはできない」と明記されていることから、使用説明によるリスク低減は、リスク低減方策であるステップ1「本質的安全設計方策」とステップ2「ガードと保護装置による防護策」の実施後に適用されるべきことが強調されています。
もう一つは、IEC 82079-1:2012(使用説明の作成-構成、内容及び表示方法-第1部:一般原則及び詳細要求事項)です。この規格は、ISOとIECの水平規格(Horizontal Standards)として、IECの専門委員会 TC3、ISOの専門委員会 TC10、そしてISO消費者政策委員会(COPOLOCO)が連携して発行しており、塗料用のブリキ缶から大型の産業機械まで、幅広い分野の製品に適用しています。タイトルで示すとおり、使用説明の構成方法、記載すべき内容、情報の表現方法について規定したものです。
使用説明(Instructions for use)とは、製品の供給者が使用者に提供する情報で、製品を安全かつ正しく使用するために、製品使用者がすべきことを伝える手段すべてを指します。具体的には、取扱説明書やクイックガイド、製品自体に組み込まれる情報(製品上で表示されるもの、音声ガイダンスやエラー音、エラー信号などの警告灯など)、製品に貼付する警告ラベルやその他の銘板、製品梱包箱への表示などの手段があります。
この規格の本文で、「使用説明はターゲットグループの知識やニーズに適応させなければならない」と明記されています。これは、とても重要な記述です。ターゲットグループとは、使用説明の利用者となり得る人の集まりを意味しています。前もって、使用説明の利用者となり得る人を特定して分析し、対象者の知識レベルやニーズに合致した使用説明を提供することが大前提となっているのです。取扱説明書の作成は、まさに、「ものづくり」のアプローチと同じと言えます。
製品安全全般の規格から使用説明に特化した規格までが整備されている理由は、取扱説明書をはじめとした使用説明が、消費者(あるいは製品の使用者/労働者)の安全を守るために、とても重要なツールであることを示唆しています。これらの規格の精神と要求をしっかりと理解し、確実に対応することが、企業が果たすべき責務であると言えるのではないでしょうか。ぜひ、規格の内容を研究してみてください。
コラム一覧
第1回 2017年1月31日 | 製品安全と取扱説明書の役割 |
第2回 2017年2月1日 | 国際規格と各国の規格の整合性 |
第3回 2017年3月27日 | 製品安全を担う取扱説明書の国際規格 |
第4回 2017年5月26日 | 取扱説明書の制作者に求められる能力 |
第5回 2017年8月9日 | 取扱説明書とテクニカルライティング |
第6回 2018年11月6日 | 製造物責任法(PL法)と取扱説明書の警告表示 |